2008年11月11日

2008ツールドおきなわ市民200km参戦記D

きわめて不安なまま1回目の普久川ダムの関門所を通過は9時22分(+8分)ころであった。
下り始めてしばらくすると、130kmレースの逃げの選手に追いつかれた。
1人の逃げをもう1人の外国人の選手が追いかけている状況であった。
接触でもしたら大変なことなので、よけて先に行ってもらう。。。
気がつくと、200kmの選手が前に3人、後ろに4人見えた。
当然4人に追いついてもらって5人で前の3人を追うのがよいだろう。

で、追いついてもらってまわしていこうとするのだが回らない。
やはりこのあたりにいる選手は私も含めてみんな当然にすでにへとへと状態である。
まったくペースが上がらず、先行き暗い思いであった。
おまけに130kmレースのときはペースで走ることができる奥までの小刻みなアップダウンが、80kmを走ってきた脚にはたまらない苦行である。
市民200kmの集団も徐々に膨らみつつあったが、登りのたびに徐々に分裂し、下りでまたまとまり始めてということの繰り返しで、まったく集団としては機能していなかった。

全員がもう勘弁してくれと思っていたところに130kmのメイン集団がやってきた。
集団は40人弱であったが、1本棒の状態でなかなかのペースで走っていた。
昨年1人逃げでそのまま逃げ切られているので、今年は捕まえようというところらしい。
毎年おきなわではお世話になっているあさひのササキさんも混ざっていた。
速いなぁ…
メイン集団なので審判車がついていて「逃げの2人から30秒」と何度も伝えていた。
どうやら2人は一緒になって逃げているらしい。
メイン集団はハイペースであった。

もう少しで奥のポイントというところのちょっとした登りで無念にもおいていかれてしまった。。。
あ〜辺戸岬までは連れて行って欲しかったな…と思ったが…何度も現れる距離にしてほんの数百メートルの登りが本当にきついのである。
「オワタ」
と思ったが、ばらばらと市民200kmの仲間たちが一緒にこぼれてきた(^^;
似たような脚なのであろう。。。
そして再び市民200kmレースの選手の不毛なローテーション? が始まりペダルを回していく。
もう半分くらいはみんな降りたいと思っているだろう? 私もそうだ。
posted by 大黒屋 at 23:36| 岐阜 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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