江戸川左岸を中心に自転車に乗る日々

2017年07月29日

恵那クリスタルパークで

先日、恵那クリスタルパークで動画を撮ってみたよ。



鳥の声や虫の声がのどかであるが、蒸し暑い。
なので、この日も結局、私の貸し切りになってしまった。

大分滑れるようにはなってきた。
乳酸がたまる程度に。。。

技術的にある段階まで来ないと、体に負荷がかかるような滑りができないから、ある程度の技術を身につけてからしんどい練習をするという感じ。

しかしみた感じ遅い。
冬までにもうちょっと進歩せんと。
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2017年07月09日

千トラ

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なんと5年ぶりくらい?
本日は岐阜県民スポーツ大会大垣市代表選考会に参加してきた。

参加される方が増えていてびっくり。
やはり、地域密着型というのはこれからの日本には必要で、こういったスポーツ大会のようなことに市民自ら参加する機会というのは、地域活性化につながると思う。
県とかも大会について広報をもっとしたほうがいいんじゃないかな? と思う。

で、千トラは
1分24秒!

正直、かなり千トラとは恐ろしい競技であり、その地獄度は他のあまたの競技を凌駕する。
なので、慎重のそろりとスタート。
もともとスタートは苦手だし。
その後もペースなりにあわせて何とかゴール。

なんていうか千トラって、全身が走っている最中から痛くなるよね。
残り1周になると、もう二度と走るものか! と思ってしまう。

ちなみに1分24秒は2005年に初めて千トラを走ったころのタイム。
ただし、あのころの機材は鉄フレーム、鉄ホイール、丸ハンなので、カーボンフレーム、ディスクホイール、DHバーの現在とはまったく違う。
実質はダウンなのだろう。
ま、私のベストでも1分19秒4なので、許容範囲。
1分30秒割れとかにならなくてよかった〜。

そしてハロンは13.57。
スプリントにでたことがあるのは2006年頃までなので、競技としての記録はベストで13秒台だと思う。
なので、今みたいに練習していなくこのタイムが出るのはちょっと驚いた。
下手したら15秒台もあるぞ…と思っていたので。。。

やっぱりなんだかんだいっても、かつて大垣競輪場で鍛えてもらったのが今も残っているのだろうな。
いやホントありがたい。
ちなみに練習でのハロンのベストは、、12.56。
1秒あげるために、どんだけの練習が必要なことか。

OGP(大垣ピストンズ)のキャプテンさんが写真を撮ってくれた〜感謝。

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私の走りは、「思ったより普通でつまらん」といわれた。

というかOGPのキャプテンさんがすごく速くなっていてびっくり。
私がちょうど転勤で東京に引っ越すころにバンクにおいでになるようになった気がするけど、なんせフォームがものすごくきれいになっていたびっくり。
やっぱり練習するとうまくなるし速くなるんだな。。。
見習わないと。
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2017年07月02日

ツール・ド・フランス

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今年もツール・ド・フランスの季節がやってきた。
今年はドイツ出発。
なんと初日から雨で、個人タイムトライアルでバルベルデ師匠が転倒してリタイヤするという波乱。
2日目は、ドイツからベルギーへ。
3日目はベルギーからルクセンブルグを通ってフランスに入るらしい。
もう一度ヨーロッパの地図を見ないとよく位置関係がわからない…。

それにしても、ツール・ド・フランスにでる選手の逃げの集団のローテーションを見ると本当に美しい。
日本の公道ではなかなかローテーションの練習ってできないのでしょうがないけど、なかなか日本のJプロツアーでもこうはいかない。
こういうローテーションがみんなできれいにできるようになると日本のレースももっと速くなるんじゃないかなと思う。
だって、まだ2日目とはいえ、たった4人で190kmを42km/h以上で逃げるんだからなぁ。。。
身体能力ももちろんあるけど、ローテーションの技術もすごいと思う。

ジロ・デ・イタリアが見ることができなかったので、ツール・ド・フランスは楽しませてもらおう。

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実は先週、大腸ポリープの切除手術をしたために、1週間、運動は禁止されていた。
で、1週間が経ち、運動はOKとなった。
しかし、来週までは気圧の変わる飛行機には乗ってはならないらしい。
今のところ予定はないけど。

実は本当はもっと早くに検査を受けたかったのだけど、社員旅行で飛行機に乗る予定があったため、ずらしたのだ。
今考えると正解だったな。

一応禁止が解けたので、とりあえず恵那クリスタルパークにいってみた。

まだ、カメラを突っ込んだお尻に不安があるんだよな。。。
中のほうに痔核があるみたいだし。

クリスタルパークに着いて、靴を履いて1周したところで、なんとゲリラ豪雨。
滑れなくなってしまった。

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インラインローラーはタイヤに溝がない。
なので、水に濡れた路面はハイドロプレーニングでまったくいうことをきかない。
実際には雨でも大会等は行われるそうで、雨用のローラーというのもあるらしい。

そんなわけで、ちょっとずつ乾いてきたところで、少々練習をして帰ってきた。
しかし、久しぶりに体を動かしたので、少し気分が良かった。
このところ仕事が忙しいので、帰るのも遅いのよ。
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2017年06月27日

マジックテープ

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昨日は、将棋の竜王戦とタカタの民事再生法申請のニュースでいっぱいだった。
資金繰りに行き詰まりかけて会社に勤めていたことがあるので、正直タカタの件については、どうしようもないとはいえ、いたたまれない気持ちではある。

一方竜王戦のほうは面白かった。
CCNで囲碁・将棋チャンネルが見られるので、帰ってきてから佳境の部分を見ることができた。
個人的には早指しの囲碁を見るほうが多いけど。

ちなみに私は囲碁も将棋もヘボである。
4つ下の弟が小学5年生になったころから、弟に負けるようになり、それから実将棋は指していない。
弟の将棋はいつごろからか、こちらからは何もできなくなるほど防備がされたうえに、攻撃を受けるので、私としてはなすすべがない。
そうすると兄としての威厳が失われるので、将棋はもうできないということになる。

まぁそれくらい実力の差があると、やっても面白くも何ともないが、プロの試合を観るのは嫌いではない。

しかしそれにしてもプロ棋士はホント最後まで見せるね。
テレビではなかなかいわないけど、ネットでの話を見ると形勢は藤井四段に傾いていたみたいだ。
そこからの増田四段の粘りもすごかった。
藤井四段が何かで1手遅れると逆転もありうるんじゃないかと思わせるものもあった。
とにかく熱戦で、プロ棋士の戦う姿に感動した。

今回は藤井四段の29連勝もあったし、まぁ、プロというものは人の話題となってなんぼだよな〜。
読売ジャイアンツさん感動をさせる勝負をしてほしいねぇ。

今回、対局中の出前も話題にあったけど、まだ中学生の藤井四段が、出前のお金を払おうとサイフをとり出しあけようとすると、マイクに
「バリバリバリ」
とあのマジックテープの音がw
いやー体も大きいし、受け答えも落ち着いていて、とても中学生には見えないけど、なんとなく中学生らしくってかわいかった。
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2017年06月25日

岐阜県自転車競技記録会(国体予選)

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本日は岐阜県自転車競技記録会(国体予選)の競技運営のほうに参加してきた。
今年は自分たちで自転車部をつくり、県総体ではチームスプリントをとった可児高も参加している。
楽しみな選手も多く、なかでも前日に行われた全日本タイムトライアルジュニアで圧勝した岐阜第一高校の松田祥位くんは注目株だ。
しかし昨日の今日では移動など準備が整わず出走はなかった。

あさから梅雨空で雨が降ったり病んだり。
タイムトライアル競技はそれほど大きく想定と違うことは起こらないが、延々とスタートチェックタイム計測が延々と続くので、競技役員としては、長時間にわたる集中力が要求される。

今回は大腸検査の次の日だったので、大量の下剤を飲んで胃腸が弱っていることと、場合によってはポリープ除去等のオペを敢行するため少なくとも1週間の安静が要求される。
そんなわけで、ちょっと肉体的にハードでないところに配属をお願いした。
そこで記録員という内勤をおせつかった。
大会運営では総務的なをされており、県連盟の競技委員長さんについて記録を取りまとめていく役割である。

タイム計測や発走まわりと違って現場感は少ないが、選手は自分の記録をいち早く知りたがっているので、とにかく早く書類を作成して配布してしまうということである。
記録集計中にも連盟の競技委員長エクセルの関数を関数を工夫したりして、改善が図られた。

タイムトライアル競技会ということでラップとスプリットタイムをとっているので、これらの記録を効率良く記録できるしくみとしたのである。
なかなかこれはこれで楽しかった。

そんななか雨という残念な天候ではあるが、大会は順調に進んだ。
このへんは岐阜車連のよさだと思う。
経験値も高いというのもあるがスムーズに進むのでいい。そうはいかない車連さんもあるよね。

しかし、機材トラブルが多かった。
特に大学生。
発走したところで小ギヤがきちんとしまっていなかったとか、招集に間に合っていなかったりとか、ちょっと気をつけてほしいと思う。

それにしても初めて知ったのが基準タイム。
基準タイムをクリアできないと大学生の学連競技の選手権で出られないのである。
その基準が1000mTTだと1分10秒なんだそうだ。
1分10秒だと競輪学校合格レベルより少し高いのではないかと思うので、まず普通の人がどれだけ練習しても到達できないタイムである。

なので、基準タイムを出せていないため、普及部門での出走となっている選手には声援が大きかった。
大学4年生になると、もう最後のインカレである。
最後の大会は選手権で出たいという人も多いと思う。
もう来週から始まってしまうので、基準タイムをクリアする最後のチャンスであり、選手権記録を持っている選手より、もっていない普及部門の選手に、「がんばれー」という声援が大きかった。
ま、これが、団体競技だよね。

本日は天候が残念で全体的にはタイムは低調であった。
期待していたタイムが出なかった人もいるだろうが、これからの人生によき思い出として心に刻んでほしい。

posted by 大黒屋 at 23:54| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月24日

大腸内視鏡

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慣れない仕事やら、70周年の会社の旅行やら、東京出張やらいろいろあるが、気になって、ホント気もそぞろだった原因が、大腸内視鏡検査。

もーホント(苦笑)
憂鬱だったわ。

きっかけというか、なぜ大腸検査を受けることになったかというと、健康診断の便潜血検査で陽性が出たから。
便潜血検査で陽性が出たら、次の精密検査は大腸内視鏡を入れるしかない。
まさに一択である。

実は私のいとこが一人、がんで亡くなっている。
彼の場合は、血尿が出て検査にいったら腎臓にがんがあるとわかったのだという。
基本的に内臓は皮膚などで守られており、ケガをすることがない。
なので、内臓から出血の兆候が少しでも見られたら確実に検査を受けなければならない。
月刊『ケアマネジャー』にも利用者をか確実に今すぐ病院に連れて行かなければならない症状として、吐血、下血、血尿などの内臓からの出血をあげている。

便潜血は目では見えない血液成分が弁に混じったというものである。
厳密に出血を継続しているかどうかがわからないため、カメラを入れてみるしかないのである。

正直私は口からもカメラを入れたことがないのではじめてである。
しかし、確実に胃カメラより大腸カメラのほうが苦しいだろう。

胃カメラの場合、前日から検査の時間まで飯を食うなといわれる。
なんせ胃の場合、時間とともに確実に食事は腸に送られていくのであり、おおよその時間は決まっている。
しかし、腸の場合はそうはいかない。
上から食物が降りてくるからである。
しかも体調や食事の内容によって、下までおりてくる時間はマチマチである。

なので、大腸カメラの場合、強制的に内蔵の内容物を排除するのである!

前日の食事はあらかじめ決められたものを食べなければならない。
朝がおじや、昼はクラッカにミネストローネ、夜はやらかい米の飯にダイコンカレーである。
おそらく、食物繊維と栄養素が計算されたものとなっているのだろう。
乳製品は固く禁じられる。

そして昼のうちから、「下剤」と朱書きされた強力そうな下剤を飲む。
夕食直後には確実にトイレにこもりきりとなる。
そして検査当日は早朝より、「腸洗浄液」なる液体を飲む。
この洗浄液という名の「下剤」であり、脱水を防ぐためにポカリ並の食塩が入っているのだが、糖分が入っていないので非常に塩辛い。
しかもなんとその量 2リットル! である。
それを2時間で。
ペットボトルの水を1本あけるというのは容易ではないのに、それを2時間で。
なんせ下剤であるので、1時間をすぎたころから、ひっきりなしにトイレに駆け込むことになる。
これがめっちゃ苦しいのだ。

腸が本当にキレイになるというのは、便に混じるものがなくならなければならないそうで、とにかく繰り返し、飲んではトイレ、飲んではトイレである。
2時間かからず出るものは完全な水となったが、下剤なので、止まらない。
食あたりで、もどして、胃液しか残っていなくても吐き続けるようなものである。

飯も食べられないので、消耗も激しい。
一眠りしてから検査の病院へ。

到着すると待ちかまえられていて、さっそく着替えに。
検査着に着替えるのだが、上の下着は着ていて構わないが、ガウンを羽織る。
下は、パンツも脱いで、お尻のところに穴の開いた検査着を直にはく。
宿泊ができる健康ランドのガウンみたいなもののパンツに穴が開いていると思えばわかりやすい。

着替えが終わると、躊躇させるヒマもなく、看護師さんたちが一斉に私を取り囲み、
「ちょちょ、待った」
などと言わせるヒマもなく、ベッドの上に寝かされ、点滴の針を刺し、血圧を測るマンシェットを巻く。
つまりあっという間に寝た状態で両腕を押さえられているような感じになる。
その体制ができるやいなや、ドクターが現れ、私を横にごろりと転がして、いきなりゼリー!!!

先に麻酔が効いてくるんじゃないの?
「うわーちょっちょ!」
という魔に、なにやらお尻の穴に
「はいってくるぅぅ!」

ぐわうわうわ〜
「はい力を抜いてくださいね〜」
力を抜けっていったって…、どう考えても無理。
ホント、ぎゃあぁぁぁぁぁぁ
という感じだったが苦しくって声が出なかった。
どうやらカメラを通すための管はとりあえずついたらしいが、今度は内視鏡が突っ込まれると、さらに悶絶。
「入った入った」
という声が聞こえ、テレビモニターに何かが映ったようにちらりと見えた。

「はい、力を抜いてください」
「おならをしてもいいですよ」
というのだが、おならどころか、実がでそうだし。
生理食塩水か何かもまいているのかな。
ここまで、トイレで出し続けた水様便の続きがでそうなのであるが、しかし、つまっていて何もでないような感じ。
とにかくとにかく苦しい。

「鼻で息をするようにしてください」
というのだが、もうハァハァと切迫呼吸にしかならない。
とりあえず、カメラも入ったところで、もう一度仰向けに起こされる。
もう息も絶え絶えで、こんあんで検査を受けるなんて無理なんじゃないかと思ったところで、意識が飛んだ。
麻酔が効いてきたらしい。

自分で腸の中がどんな感じなのか、見せてもらおうなんて最初は考えていたのだけど、これは絶対にムリだわ。。。

しかし、実は途中で麻酔が切れた。
意識がもうろうとしていいるので、なにやら手脚を動かしたらしく、ドクターが看護師さんに声をかけたのが聴こえた。
どうも麻酔が追加されたようだ。

次に意識がもうろうとしてきたときは、ストレッチャーがゴロゴロとおされているところだった。
なんとか目が覚めて、着替えをしたわけだが、検査着はお尻のまわりが少しぬれていただけだった。
自分の感覚では、ホント水様便をまき散らしていた感じもするのだが、そうでもないようだ。
しかし、ゼリーか何かだと思うが、どうしても肛門に残っていて、着替えた後も、自前のパンツは汚すことになるので、捨てるパンツで挑んだほうがいいだろう。

てなわけで一応検査は終わったが、直腸に近いところにポリープが1つあったそうで、これを切除したそうだ。
生検に1週間ほ10日ほどかかるとのことで、もう一度病院に行かなければならない。
写真を見せてもらった感じでは、いやな色はしていない感じはする。

おまけに肛門の内側に、どうも疣痔があるとのことだ。
肛門は切るのもリスクがあるからなぁ。。。
ドクターによると、とりあえずこれはこのままでもいいんじゃないか、とのことであった。

つらかった…。
もう二度と受けたくはないが、受けないというわけにはいかないきはする。
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2017年06月21日

東京本社へ出張

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3月ぶりの本社。
昨年の季節もの商品の反省会。

反省会といっても、私は今年は部署が変わったので、今年は私は製作を担当しないので、昨年どうやったか、どういうふうに進めたらよいか、問題点は何か、を伝える役目である。

しかし、実際には売上が好調で、増刷をいているくらいなので、会議は明るい。
結構みなさん前向きな新しい改革案も出た。
やはり、成功体験は非常に重要だと思ったら。

昨年は私がかなり強引に推し進めたところがあった。
これが失敗に終われば、つまり、まともなものがつくれなかったり、売れなかったりすれば、私は非難を浴びて針のむしろとなっていただろうし、会議も後ろ向きな内容に終始したはずだ。

だが、結果的にはこの商品一群として、史上最高の売り上げとなっていることで、さらにより売り上げを高めるためにはどうしたらよいか、という話し合いになってよかった。

強引な私のやり口に冷眼もあったけど、ま、やはりファイティングスピリットとあとは運を天に任せて賭けることだろう…と思った。
なかなか年を食うとテンションを保つのが大変なんだよな。
posted by 大黒屋 at 23:50| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

重版出来!

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昨年度いっぱいまでの私の仕事が重版出来となった。
感謝感激!

資格試験対策書籍は基本的に試験日以降は売れないので、1年に1度の試験であれば、1年の寿命しかない。
年刊の雑誌のようなものである。

基本的に1年売りきりなので、年間の予測を立てて、1年分の部数を一括で刷ってしまう。
決して短くない実績もあるので、妥当なラインで決定してある。

しかし、今季については、納品をシリーズ全体を1〜2か月早めたのだ。
こういうのは、やはり関係者一同のがんばりの結果である。
多少特需要因もあるのだが、これだけ大部数を常に投入している既定書籍が増刷になるとは驚きである。

が、やれることを尽くせば数字に表れるよな〜ということを強く感じた。
モチベーション高く、会社全体ががんばらないと。

しかし、増刷したからといって、全部が売れるわけではない。
全国の書店さんに最低1冊ディスプレイしてもらうには、最低4000部くらいは刷っておく必要がある。
なので、ディスプレイ用としてたくさん刷っておくという理由もある。
在庫が増えることについて、いいか悪いかの議論はあるが、店頭に品切れを出すと、他社の商品に流れてしまい、お客様は戻ってこない。
受験対策書籍ってそんなに何冊もやれる時間がないため、何冊もお買い求めていただくわけにはいかないからだ。

ま、とりあえず目標達成できて嬉しい。
posted by 大黒屋 at 09:43| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月18日

ル・マン24時間耐久レース

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今年もやって参りましたル・マン24時間耐久レース。
今年はなんと、Jsportsが24時間完全生中継を行うということで、楽しみにしていた。
これが最初で最後の24時間放送となるかもしれないし。

24時間放送で何が見たかったって

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やはり朝のル・マン。

なんという美しさ。
日本時間で正午から13時頃になる。
これまでテレビ観戦歴30年以上のなかで、朝6時から午後2時頃までの現地の深夜時間帯の模様が日本で放映されたことはなく、史上初といってよい。
この、夜明けのル・マンを見れたことだけでもJsportsに感謝をしたい。

もっとも今年優勝を目差したトヨタ自動車の資金提供があってこそのものであり、“モリゾー”ことトヨタ自動車社長がテレビに出演し実況・コメンテーター全員がよいしょするコーナーがあったことは当然であろう。
昨年、トヨタは残り3分、23時間57分までトップを走りながらもリタイヤに終わった。
今年はゼッタイ優勝を掲げて、昨年からキャンペーンをはってきた。
これだけぶち上げてきて、われわれモータースポーツオタクもいよいよ優勝するだろう、と思っていたものである。

しかし、ル・マンはル・マンであった。

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トヨタの7号車の小林可夢偉がコースレコードでポールポジションを獲得。
これまでのコースレコードは、ル・マンのユーノディエールストレートにシケインがなく、6kmの直線であったうえに1コーナーからテルトルルージュまでも今よりコーナーが少なかった時代に1000馬力を超えるCカーで出したものである。
それが四半世紀を超えて破られたことに驚愕した。

レース開始の現地時間15時。
トヨタは7号車が逃げ、8号車がポルシェの1号車をマーク。
ポルシェの2号車をトヨタの9号車がマークする形で進む。
しかし、あまりペースの上がらないポルシェ1号車をトヨタの8号車がパスして、トヨタの1-2体制をつくり、レースを優位にすすめた。

そのようななか、最初に大きなトラブルを抱えたのはポルシェの2号車。
フロントの電子機器をごっそり交換する大工事で約40分ピットに押し込められる。
これでトヨタ:ポルシェ=3:1となり、レース開始わずか3時間であるが、早くも必勝体制が形成されたと思われた。

しかし、その後、1号車をマークしていたトヨタの8号車がピットイン。
充電系のトラブルで、これもフロントまわりを一度分解してもう一度組み直すという大工事を強いられる。
1時間半近くを要し、ポルシェの2号車のはるか後方においやられる。
暗くなったあと、トップを快走するトヨタ7号車にトラブル。
セフティカー走行のあと、レース再開となるところでクラッチトラブル。
モーターでしか駆動できず、トラブルが発生した場所がホームストレートであったこともあり、モーターを駆動するバッテリーがもたず、ピットレーンに戻ってこれなくてリタイヤ。

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ポルシェの1号車がトップに立つ。
これにより、本来はバックアップのサードカーの位置づけであったトヨタ9号車が、エースカーとしてポルシェ1号車を追いかけなければならなくなった。
トヨタ7号車、8号車の離脱により、1号車を追わなければならなくなったプレッシャーなのだろうか。
夜明け前に9号車がバックマーカーのLMP2をホームストレートで右から抜きにでたところ、ピットレーンから車が出てきたので、避けようと左に戻って、実は抜ききれていなかったLMP2の車と接触。
タイヤがバーストした。
これだけならピットに戻れたかもしれないが、9号車が離脱すればポルシェを追いかけるトヨタがいなくなるため、早く戻らなければという焦りもあったのだろう。
バーストしたタイヤで走り始めたところで、タイヤの破片が飛び散って車体を破損。
ターボの付近の配管を破壊し、炎上した。
このため7号車と同様、エンジンを止めてバッテリーによるモーター駆動でピットをめざす羽目となった。
しかし1コーナーでの事故ではバッテリーがもつはずもなく9号車もリタイヤ。
トヨタはまたしても優勝の目がなくなった。

昨年の悲劇があるため今年もドラマな感じもする。
確かにドラマなのだが、完全優勝パターンで盛り上がってきて、潰えるのは、これまでのトヨタのル・マンへのチャレンジの歴史から見て、トヨタらしいといえばトヨタらしい。
7号車のクラッチトラブルは、80年代に日本車が常に苦労してきた駆動系のトラブルであり、2020年が近い今、再びこのようなトラブルに遭遇するとは懐かしい感じがした。
また充電系のトラブルは、現代の高度なハイブリッドシステムのトラブルであり、ハイブリッドのトヨタならではのトラブルかもしれない。

それにしても、ここまでル・マンのマモノに捕まるトヨタの姿は「様式美」ともいえる。

トヨタにスピードでまったくついていけず、マイペースで唯一LMP1でノートラブルで走り続けていたポルシェ1号車が、トヨタの相次ぐリタイヤで、レース半分、12時間をすぎて、1位独走となったのである。
ポルシェ1号車の次はLMP2車が2位であり、さすがはポルシェ、勝ち方を知っていると称賛しつつも、だれもが、残り半日の消化ゲームを予想した。
しかし、今年のル・マンのマモノはこれだけではなかった。

なんとトップ独走のポルシェ1号車が突然エンジンが止まりリタイヤしたのである。
これにはあぜん。
なんとトップはLMP2の中国ジャッキーチェーンチームである。
ル・マンの正午、残り3時間でこれはすごいことになったな、と思ったが、ここからがポルシェのすごさ。

レース開始直後に40分ピットにこもっていたポルシェ2号車がいつの間にか上昇してきて、トップのLMP2のジャッキーチェーンの2周遅れまで追いついてきていたのだ。
ラップタイムではポルシェとLMP2のオレカでは12、3秒くらいの差があるため、ペースを守れば無理をせずとも残り1時間を切ったところで追いつく計算である。

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そして計算通りおいついたw
ということで、ポルシェがル・マン19回目の優勝を3連覇で決めた。
一方トラブルで1時間以上ピットにとどまりながらも残っていたトヨタ8号車は、ファステストラップで追いかけるも総合9位まで上昇するにとどまった。

さまざまなドラマが今年もあって、面白かったが、トヨタさんにはル・マンを見捨てないでほしい、と願うばかりである。
もし来年優勝してもル・マンには出場し続け、ル・マンにおけるポルシェのようなトヨタの伝統文化を築いてほしいと思うからである。
posted by 大黒屋 at 23:50| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月13日

飛行機操縦

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ハワイ旅行フリーデイ最終日。
飛行機の体験操縦をやってみました!

飛行機はパイパーPA28という単発機。
一般的にこの手の飛行機は羽が天井についているのが多いと思うのだが、こいつは低翼機で見晴らしがよい。

天気が決していいというわけではなかったのだが、スゴくよかった!

ホノルル空港を飛び立ってワイキキからオアフ島を反時計回りに半周回って、島のど真ん中を横切ってホノルル空港に戻ってくるのである。
ハワイってよくわからなかったけど、これでようやく全体像がつかめた。

とにかく空から眺める海と砂浜、そして島特有の形をした山は感動的であります!
なんという美しさか。

しかし、飛行機はゼッタイ自分で運転できるようにはならないねw
これは無理だと思った。

とにかく、空中に浮いた瞬間、どこに行くのかわからない。
これは驚いた。

高度は最初450mで、途中から600mになったのだが、地面からあがってくる気流にかなり影響を受けるみたいなのだ。
パイナップル畑の上を通過しているときなどは、パイナップルの木が生えているところと刈り取ったあとのなにも生えていない畑の上空では気流が違うというのである。
なので、海の上を飛んでいる最中はよいのだけど、陸の上になると、上下左右に勝手に飛行機が向かってしまうのである。
巡航中でさえどこいくのかわからないのに、この状態で空港にアプローチして着陸とか無理だわw

それにしても、オアフ島を半周回ったあと、ノースショアといわれるオアフ島の北からホノルル空港へ向かうルートは、日本軍による真珠湾攻撃のルートなのだそうである。
これは怖いだろうなと思った。

それでも日米開戦のころは熟練パイロットが乗っていたと思うのだ。
戦争末期には、熟練していない戦闘員を飛行機に乗せていたといわれているのだが、いやーこれは怖いでしょう。
飛行機は風が少しふいただけでそっぽに飛んでしまうのに。
前の飛行機についてくればいい、といわれても、ゼッタイについていけないと思う。
戦争というのは狂気だなとあらためて思った。
posted by 大黒屋 at 14:31| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする